そこにあるひ - と

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05

14

21:41
Mon
2012

No.0269

ながーい、おつきあい。

ぜんぶすてたけれど
ちょくちょくと
小学校中学校高校と
えんぴつにっきは
かいていて

ネットでのにっきも
サイトをもちはじめてから
やめたりもしてから
あいだをあけつつも
ながいあいだ
つづけていて

むかしはもっと
より生活にちかいことを
たくさんかいていたの
だけれど
たとえば
バイトのはなしだとか
会話だとかおもいだとか
個人にちかくなると
いまではやっぱりすこし
そのへんはセーブ
すべきかなあ、なんて
許可をえているわけでもないし

そこをかなり
とおざけていることもあって

にっきより
どちらかというと
考察にちかいぶんが
おおいなあ、とおもう。

それがわるいのではなく
ときおり
ふつうのにっきに
とてもあこがれる。

アーカイブには
たくさんにっきが
のこっていて
そのひの
じぶんがわすれている
あるいは
おもいだすきっかけを
なくしていることが
たくさんにあるじょうたい。

もうちょっと
生活をだしても
生活というか、
にっきらしさをだしても
いいんじゃないかなあ
なんておもいながら。

ともだちの
むかしのブログが
のこっていたので
ぜんぶよみました。
さきほど。
いいなあ、と
おもいながら。

わたしはどうも
のこすのがこわいところが
あって。
すぐものをすててしまう
のですが
とりあえず、
ミエナイように
めのまえからとっぱらって
しまうんですね。
あった、というじじつが
みると強化されるから
とりあえずは
なかったことに、
できなくても
みためはなかったことに
してしまう。
よわさゆえ。
そんなじぶんを
自覚しているのに
そのくせを
あたしはたちきることが
いまだできずにいます。
05

14

18:18
Mon
2012

No.0268

にっきがかきたい。

にっきなんだけれど
にっきっぽくない。

なんだか
どこのだれかわからない
だれかの
ブログをよみたい。
ふつうの。

内面をおよいでて
そとのせかいがみえない
わたしのこの文字たちは
にっき、
にっき?

ツイッターを
再開したい
きもちがちょっとふつり。
けれども
SNSとして
つかいたいわけじゃないから
リプもフォローも
なにもかもスルーして
SNSをムシして
つかうしかないしなあ。

けれど
いつもいつも
そこそこのぶんで
なにかをだしたいわけじゃ
ないわけであって。
いちぎょうで
ことたりること
むしろ
いちぎょうで
いいこと
もたくさんにあって。
05

14

15:26
Mon
2012

No.0267

つれづれおもう。

わたしは
ストールやマフラーを
ぐるぐるとまいていると
あんしんをする。

のだれど

くびもとをかくす
というのは
秘密主義、
みたいないみがあるらしい。

それはよくて

このあいだ
といっても
もう2週間もまえのはなしですけれど
おさけをともだちと
のみにいったとき
ストールを巻いていて
かえりのバスのなかで
ずうっとストールを
さわりながら
くちもとを隠していました。

そうしないと
おちつかなくて

くち、というのは
あたしにとっては
なるべくにほんねだけを
だしたいばしょで
生きているうえでは
なかなかにむずかしいにしても
まあでもやっぱり
嘘をだすばしょでは
あまりありたくはなくて
そして
ほんねをだしてしまう
ばしょでもあって
さみしい、のひとことを
いわないようにいわないように
じぶんで制御をしていて
それはくちもとをかくす、という
行為につながっていて。

そんなことを
かんがえたり。

制御は
誘惑にまける。
誘惑はあかいろを
している。

じぶんだけがわかる
ことばでおわります。
05

14

14:46
Mon
2012

No.0266

チュウニビョウ

もともと
中二病
ではあるのだけれど

ポエムっぽかったり
するところもくわえて

きぶんがおちこむと
きぶんが病みだすと
それが増進するなあ、と
おもいながら
しかたなしにそれでも
いまのわたし、。



ねつをはかったら
35度にまでさがっていて
平熱をしたまわってしまいました。
くすりの作用だとおもいます。

咳があいかわらずでるのが
こまりもの。
咳がでるたびに
いろいろなものがいったんに
ちゅうだんをしてしまう。

たぶん胃、
そこらへんも
断続的にいたくて
くすりの副作用だとおもいます。

健康がいちばんだ
とはいちがいには
いえないかもしれませんが
健康からとおざかると
やっぱり健康はだいじ。

はやく風邪を
とりあえずなおしたい。
あしたから
通常運転をします。

とはいいつつも
風邪で
たぶん熱がありながらも
母の日効果で
いつもよりプラスアルファな作業量の
あさバイトを連日こなしつづけた
わたしをだれかほめてほしい。

あ、
メッセージ。

とはいいつつも
とかきながら
とはいいつつも
さっきもかいてる
ときづく

けれども
かおにはしんどさが
おもいきりにでてたようでしたけれど。
でも、
しんどい、とか、つかれた、とか
ことばにはしていないです。

むかしは
でもいまは
意識していないところもあって
まもれていないけれど
たぶん
意識下からもとおざかっていたけれど
といま
自覚しながらですけれど

まえのバイトさきで
疲労や倦怠をうったえる
ことばを
社員さんにたいして
社員さんにむかって
つかわないようにしていて

それは
学生アルバイターのわたしより
社会人正社員の社員さんのほうが
たいへんでしんどいものだ、
という認識からの
かんがえだったのですけれど
わたしがさきに
しんどい、や、だるい、
ということばをとってしまわないように
そして
しんどい、や、だるい、
ということばをいわれたときに
受け止められるように
いつもわらって
おつかれさまです、
といっていたようにおもいますけれど

これからも
やっぱりわたしも
つかれるときはつかれるし
しんどいときはしんどいし
それをかくすのはむずかしいし
だけれども
ことばにはせめてしないでおこう、
しないでおきたいなあ、とおもいます。
05

13

16:56
Sun
2012

No.0265

葬りたい屍

むかしのじぶん
なんか
いまのじぶんより
もっともっと
だいきらいなのだけど
そうやって
たとえば
むかしのじぶんを
ナイフで突き刺したら
たぶん
いまのあたしが血を吐く
のだろうなあ、
とおもう。



ネットに
むかしのあたしの
残骸が
ところどころにまだ
おちている。
でもたぶん
生きていくことは
そうやって
あたしがいくら
消し去りたくたって
あたしだけが
消し去ったつもりでいたって
だれかのどこかに
かなしきかな
くるしきかな
のこっていくもので。

たとえば
じぶんの卒業アルバムを
焼いてもやしたところで
おなじがっこうを
そつぎょうしたにんげんのてもとに
おなじものがのこるのと
おなじように。